アメリカを覆う「愛国」と「不安」
藤井▼今回は近現代史研究者で京都大学客員准教授の辻田真佐憲さんにお越しいただき、浜崎さんと僕の三人で「トランプは“危機”か“好機”か?」というテーマで特集座談会をお届けいたします。
日米のオールドメディアは「トランプの勝利は大変な危機である」と言い続けていますが、一方でトランプが勝利したということは、アメリカ国民の過半数が「自分たちの暮らしや国を守るためにはトランプが必要だ」と判断したということを意味しています。日本国内でも、トランプが言うところの「ディープステート」、つまり既得権を持ったグローバリストや圧力団体を弱体化し、民主主義や保護主義や保守主義を回復し、さらに安全保障上の安定を導く上でトランプの勝利は好機になり得るのではないかという見方もあります。
僕は「トランプは危機である」という見方もあり得るだろうと思う一方で、好機という側面も強いのではないかと思います。この危機と好機をしっかりと認識すること、そして日本がなすべきことを整理しておくことが、これからの日米外交や世界の流れに対峙する上で極めて重要だろうと思い、今回の特集を組むことにしました。
辻田さんはアメリカに二週間ほど滞在して情報を集めてこられたそうですので、ぜひ最新の雰囲気も交えてお話をお聞きできればと思います。
辻田▼私は昨年、大統領選挙が行われていた時期にアメリカに行きました。滞在したのは民主党が強いワシントンやニューヨーク、ボストンなどの東海岸で、アメリカという国が「国家」をどう捉えているのかを考えてきました。
いくつか感じたことはあるのですが、アメリカはやはりすごく愛国的な国です。日本と違い、ナショナリズムや愛国は基本的に良いことだと捉えられています。どこに行っても星条旗だらけですし、国威を発揚する施設がエンターテイメントと結びついていました。例えば、星条旗という国旗がどのようにしてできたのかを伝える優れた映像作品があり、それを観に来たアメリカ人が感動のあまり思わず立ち上がって胸に手を当てるという具合です。
ただ、その裏には「不安」もあるように思いました。アメリカはもともと極めて人工的な革命国家で、しかもネイティブアメリカンを殺戮することで領土を拡張したわけです。だから、自らが依って立つナショナリズムや理念を常に問い直して強く肯定しないと、自分たちが否定されてバラバラになってしまうような不安を抱えている。そこが日本とは全然違うなと感じました。
藤井▼トランプの勝利はそうしたアメリカの愛国主義や不安と濃密に結びついているように思いますが、そのあたりはどうでしょうか。
辻田▼ニューヨークにあるトランプ・タワーも見に行ってきたのですが、一階から五階ぐらいまでがアトリウムになっており、レストランや土産物屋が入っていて観光客も普通に出入りできます。その地下にはトランプグッズ店があり、帽子やシャツ、文房具など百数種類のトランプグッズが売っていました。
では、その店の主人はマッチョで白人の典型的なトランプ支持者なのかというと全然そんなことはなく、インド系の移民でした。もちろんトランプのことは嫌いではないのでしょうが、どちらかというとトランプ現象に乗っかったほうが稼げると判断し、もともとの新聞販売店をお土産物屋に模様替えするような、利に聡い人物でした。トランプ現象というとイデオロギー先行だと思われがちですが、経済の要素がすごく大きい。これは既に多くの指摘がある通りで、バイデン政権下では物価が急上昇し、経済状況が悪化していました。そのため、「何とかしてほしい」という思いから民主党支持者だった人々の中にも共和党に投票した層が一定数存在し、結果として今回の圧勝につながったのです。このトランプグッズ店の主人も、そうした経済重視の流れを象徴する存在のように感じられました。
トランプ政権が間近になった今、アメリカの大企業もLGBTや多様性といった方針を転換し始めています。信念があればトランプ政権になろうが続けるはずですが、結局はその場の空気や、どうすれば儲かるかというところで動いていたからトランプ政権になるとすぐに転換するわけです。
要するに、これまで主張されてきた理念の弱さが明らかになったと言えるでしょう。そういうものは経済的にある程度豊かだからこそ成り立っていたのであり、経済が不調になると別の理念に取って代わられるという現実を再確認させられました。これも、トランプ現象の一つの帰結と言えるのではないでしょうか。
ポスト冷戦イデオロギーの終焉と戦後の総決算
藤井▼おっしゃる通りですね。日本も同様に積極財政派の台頭がありましたが、現状、経済政策が国民にとって最大の関心事になるのはもっともだと思います。浜崎さんは、トランプ勝利をどう見られますか?
浜崎▼「トランプ現象」はイデオロギーによって引き起こされたものではないというのは重要ですね。保守は、イデオロギーではなくある種の生活感覚に根差していますが、「トランプ現象」の背後にも、実はイデオロギーではない生活があるのではないかという指摘は、私もそう思います。
その上で、改めて歴史の流れをさらっておくと、トランプの再登場は、ポスト冷戦期イデオロギーの完全な終焉を意味していると考えていいでしょう。では、ポスト冷戦期イデオロギーとは何かといえば、それこそ冷戦後の一九九二年にフランシス・フクヤマが語った、「リベラルデモクラシーの勝利」という物語です。経済の言葉で言い換えれば、要するに「自由市場の勝利」ということにもなりますが、その後にアメリカは実際に、軍事・外交面と、経済・市場面の二つの面で、このリベラルデモクラシー=市場原理主義のイデオロギーをグローバルに拡大していきました。しかし今回、トランプの再選によって、これまでのグローバリズムの「限界」が明らかになり、その流れに明確にストップがかかったわけです。
ちなみに、その「限界」が明らかになっていった経緯は、こうです。
まず、軍事・外交面でいえば、アメリカによる湾岸戦争、ボスニア紛争やコソボ紛争への介入、そして九・一一と、それをきっかけとしたアフガン侵攻、さらにイラク戦争などがありましたが、その増大し続ける軍事費(二〇〇一~一一年)に焦ったアメリカは、結果として、世界の警察官を辞めざるを得なくなった。そして、今回のロシア・ウクライナ戦争の一因に、NATOの東方拡大があったことを考えれば、やはり軍事的・外交面での「グローバリズム」の限界は明らかでしょう。それがトランプ再選で決定的になったと。
また、経済・市場的な面でいえば、二〇〇八年にリーマンショックが起き、それを皮切りに、ギリシャ危機と、それに端を発する形でのヨーロッパでの極右・極左勢力の台頭が見られました。そして、その延長線上で、二〇一六年のブレグジットと第一次トランプ政権の誕生があり、さらに今回、そのダメ押しとして「保護貿易」を唱えるトランプが再選されることになったわけです。これで、経済的な「グローバリズム」の限界も明らかになりました。
そして、この「大転換」を促したものは、主に二つの現象です。
一つは、生産拠点の移動に伴う新興国の台頭と、その結果としての「米中覇権戦争」。そして、もう一つが、製造業空洞化に伴う先進国の中間層の没落と、それによる格差の拡大です。これらの問題に対応するために、経済ナショナリズムの概念が現れ、それに伴って「リベラルデモクラシー」の理想主義外交が後退し、逆に、同盟国重視の外交、つまり、より現実的なバランス・オブ・パワーの古典的外交が戻ってくることにもなると。
そして、ここからが日本の問題になりますが、「古典的外交」と言えば聞こえはいいものの、それは要するに、「同盟国の負担増」を意味しますから、それに正面から応えることができるのか否か、それが、これから先の日本の危機と好機を分ける分岐点にもなるでしょう。
ということは、最終的に問われるのは、やはり、この国のナショナリズムだということです。ナショナリズムを前提にした時代がやってきたとき、それに我々は適切に対応できるのか否か。例えば、「同盟国の負担増」というのは、第一義的には、軍事力の負担増を意味しますが、そこで問われるのは、もちろん「自衛隊」の問題であり、そうである以上、憲法改正を含めた根本的な議論が必要になるわけです。が、その思想的な議論ができているのかというと、全く、足元がおぼつかない。〈九条─安保〉体制の矛盾が改めて浮き彫りになる中で、これまで思考停止してきた戦後日本人に、それに適切に対応できるだけの適応力があるのかどうか。その点、トランプは、現代の「黒船」だと言うこともできますが、これへの対応において、まさに日本人の自立への意志が問われているのだと思います。
アメリカ的「保守」のあり方とその危うさ

藤井▼まさにそう思います。アメリカはイギリスから分離してできた国で、イギリスの中に保守主義の流れと自由主義の流れがあり、近代化していく中で両者がバランスをとりながらイギリスという国が成立してきたわけです。それが世界全体の自由主義や資本主義を作っていったという大きな流れがある中で、アメリカは特にリベラリズムを強調する格好で出来上がったのだと思います。
アメリカの場合、口ではリベラリズムと言いながら、日曜日は皆で教会に行くなんてことを繰り返し、保守的な身体性を保持し続けることで何とか均衡を保っていたところ、リベラリズムの毒がどんどん回ってしまい教会も解体され、まさにアメリカが崩壊しそうになってきた二十世紀後半から、保守への回帰が起こってきたわけです。ただし、二十世紀後半のレーガンの政治的保守化の試みは新自由主義と結託することで成功することができなかった一方、トランプ政権は本格的な保守の流れの形成を導く可能性があり、それが今期待されているのだろうと思います。
この保守的な「トランプ革命」を成し遂げた最大の原動力はアメリカ国民であり、アメリカ国民の生活感覚が「トランプ革命」を求めたのでしょう。アメリカの保守には、イギリスや日本のように王室や皇室の伝統はなく、マクドナルドやコカ・コーラやバドワイザー、そしてWWFのプロレスのような生活感覚を軸としているのでしょうが、そういう保守が今成立し始めているのだと思います。
日本の保守の基礎には天皇や新古今和歌集、万葉集などの古典がありますし、イギリスの保守の基礎には慣習法としての憲法の伝統もありますが、これを維持するのはしんどいですよね。でも、アメリカの保守はイーグルスの「テイク・イット・イージー」みたいなものですから(笑)、決して上品なものとは言えないものの、どうしようもないこの「現代」における保守革命としては、少なくとも生活感覚にしっかり根差したものであるということからして、比較的「筋の良い」ものなのではないかという気がします。辻田さんの報告も受けてより一層そのことを実感しました。
辻田▼保守にはある種の基盤が必要ですが、私はアメリカの場合それが維持できているのか甚だ疑問に感じます。南部などにはまだ伝統的な価値観が残っているのかもしれませんが、東海岸にいるいわゆる「意識の高い」層は、景気が好調なときには順調に見えるものの、不況になると綺麗事を言っていられなくなる傾向があります。そのとき、基盤がない分、ネットメディアなどに影響をもろに受けて、悪い意味でのポピュリズムに引きずられるリスクもあるのではないでしょうか。
藤井▼まぁそれはそうですよね。保守の装置として天皇や万葉集は強いけれど、コカ・コーラだけだとそれがしっかり成功するというのも考えにくい。
辻田▼歴史も浅いですし、最初に言ったように、アメリカは侵略から始まった国なので不安が常にあり、それゆえ両極端に振れてしまうところがあります。トランプにしても、単にナショナリズムを再興するとか保守を見直すというだけならいいのですが、拡張主義的な方向に行こうとしているところに危うさを感じます。実際にカナダを併合するとかグリーンランドを売れと言っていますよね。同じ調子で、東アジアにおいては金正恩と再び手を握ろうとしたときに、日本に対して必ずしも良い影響を及ぼさない可能性もあります。戦後の総決算という観点からいえば、「アメリカにくっついていれば大丈夫だ」という幻想から目が覚めるという意味ではいいことですが、今の日本の国力でどれだけできるのかが問題です。国防にしても、アメリカと一体化した形で安全保障を組んでいるので今すぐ自立するのは難しい。このままだと、日本は自立できないままトランプからの圧力に屈してしまうという最悪の展開もあるわけで、日本にとってトランプはやはり危機の要素が大きいでしょう。
藤井▼確かに岸田や石破、あるいは次期首相と言われる林は要求をすべて呑んでしまう可能性があるわけで、USスチールの買収問題でも明らかなように、こちらの要求が反故にされることにもなりかねないですよね。大人同士で対峙するのであれば問題はないですが、こちらが子供のままだったら搾取されて奴隷になって終わるイメージがあります。つまり、ちゃんとした大人になれるかどうかで危機になるか好機になるかが分かれるということですね。
辻田▼EUではイタリアのメローニ首相がここへきて急速に注目されていますよね。なぜトランプはメローニと仲が良いかというと、同じ価値観を共有し、毅然とした存在に見えるからです。そう考えると、安倍晋三はうまく演じたところがあります。トランプは属人的にものを判断するところがあるので、トランプの性格を把握した上でうまく演じられる人間が必要でしょうね。
石破茂という政治家の評価
藤井▼そういう意味では石破は最悪ですね(笑)。
辻田▼彼はそういう芸ができなさそうですからね(笑)。ただ、…続きは本誌にて