
日本国家の政策決定過程にも民間人が非公式に関わっている。その実例を対ロ領土交渉にみる。
政治意思形成への目に見えない影響力
現代の西側諸国で主流になっている政治制度は、代議制民主主義だ。ここで言う西側とは、政治的意味なので地理的にはヨーロッパから見て東に存在する日本や韓国も含まれる。代議制民主主義で、政治を運営するのは二つのカテゴリーの人々だ。第一は、国民の選挙によって選ばれた政治家だ。第二は、試験などによって選抜された官僚だ。官僚は専門知識を持つ職能集団だ。
日本の内閣総理大臣(首相)は、国民によって選ばれた最高政治指導者であるとともに、官僚の最高指導者でもある。こうして、国民によって選ばれた政治家が、国民による信任を直接受けていない官僚を統制することによって、民主主義が担保されている。
しかし、今述べた事柄は、建て前に過ぎない。実際には、選挙による信任も、試験による選抜もされていないのに国家の政策に深く関わる人々がいる。こういう人々をアメリカのトランプ大統領支持者たちは、「ディープステイト(闇の政府)」と呼ぶ。日本の有識者や制度化したアカデミー(大学やシンクタンク)に籍を置く人々は「ディープステイト」の存在に関して、陰謀論だと一蹴するが、筆者はそうではないと思っている。
筆者は外交官時代、ロシアとイスラエルの権力中枢の人々と仕事をする機会が多かった。そこには、政治家でも官僚でもないが、実際の政策意思決定に大きな影響を与える人々がいた。
ロシアでは、インテリジェンス機関の出身者で現在はビジネスに従事している人々、軍産複合体関係者、寡占資本家(オリガルヒ)、あるいは大統領の同郷者が、目に見えないところで大きな影響力を持っていた。イスラエルでは、モサド(諜報特務庁)、アマン(軍情報本部)の出身者で大学教授や軍産複合体の顧問になっている人々、宗教指導者が政府の背後で無視できない影響力を持っていた。
日本の場合は、中高一貫の進学校の出身者が独自のネットワークを持っている。一部の公立難関高出身者のネットワークも無視できいない影響力を持っている場合がある。
筆者が見るところ、大学よりも高校のネットワークの方が、目に見えないところで現実の政策決定に影響を与えている。それは大学の人間関係が希薄になっているからだ。非公式な形で、政府の重要事項に関わる場合、秘密の保持をはじめ信頼が何よりも重要になる。大学時代の人間関係、あるいは社会人になってからの人間関係だけでは、その人間が本当に信用できるかどうかがわからない。
中学高校時代に教師に告げ口をする人は、社会人になってからも御注進で上司の歓心を得ようとする。少年時代からウソをつく人は、大人になってもウソをつく。中高校時代に友だちとの信義を大切にし、秘密を守る人は社会人になってからも信頼できるのだ。権力の中枢にいる政治家や官僚は、何よりも信頼を重視する。だから、結果として、中高校時代のネットワークが政治意思形成に非公式な形で影響を与えるのだと思う。
首相やその側近が特定分野の専門家に、機微に触れる政策の問題について相談することがある。その場合、その人物に官邸へのアクセスを認めるかどうかについても、官邸幹部の中高校のネットワーク、あるいは社会人になってから属人的に深い信頼関係を構築できた人を通じて、人物についてチェックする。
船橋洋一氏の取材
それでは筆者が知る具体例について語ることにする。
(…続きは本誌で!)