アメリカ大統領選が一気に白熱している。トランプは銃撃事件を奇跡的に生き延びて支持者を熱狂させ、民主党は候補がハリスに変わって態勢を立て直し始めている。
まず、印象づけられるのはトランプの運の強さである。数ミリでも頭の向きが違っていたら銃弾は頭に突き刺さっていたというから、本当に強運という他ない。事件後、トランプの顔つきがいくぶん柔和になったように見えるのは、自らに起こった奇跡に神の加護を感じたからではないか。事実、演説でも「神は私の側にいる」と発言している。
第一次大戦の毒ガス攻撃を生き延びたヒトラーが神の啓示を感じた、という話は有名である。生き延びたという奇跡は、良くも悪くもその人の信念を強固なものにする。トランプの表情は柔和になったかもしれないが、それで政策が柔和になるということはない。
このまま再選となれば、二期目のトランプはさらに大胆な政策に打って出るだろう。パリ協定の離脱、ハイテク分野での中国との事実上の経済断交、関税の大幅引き上げ、不法移民の強制送還など、トランプの掲げる公約は一期目よりもさらに踏み込んでいる。ウクライナ支援を止めてロシアと組む、といった外交の転換を匂わせる発言も繰り返している。日本車の関税引き上げ、防衛費負担のさらなる増額、日本製鉄のUSスチール買収反対など、日本に対する態度も厳しい。
もっとも、このままトランプ再選となるかどうかは分からない。老いたバイデンから若いハリスに候補者が変わったことで、民主党が一気に団結を強めているからだ。地球温暖化を嘘だといい、同性愛者や移民の権利に否定的で、妊娠中絶にも反対のトランプに対するリベラル派の憎悪はすさまじい。主流メディアもこれから反トランプの総攻撃となるだろう。
マスコミは、どちらが選ばれるのが望ましいのかを議論しているが、誰が大統領になっても国内の分断を抑えるのは難しい。この対立は、都市と田舎、エスタブリッシュメントと庶民、高学歴層と低学歴層の対立などと言われるが、その本質においては宗教の対立である。神の啓示を信じるトランプ支持者の旧宗教と、環境や人権といったリベラルな価値を絶対不可侵とする新宗教の戦いだ。一方が勝っても、もう一方は絶対に改宗などしない。むしろ、困難が信仰心を強めて、ますます相手に攻撃的になる。世界システムのど真ん中に位置する国家の精神が分裂し、内戦を思わせるほどの深刻な対立へと発展する。これは歴史上、初めての事態と言えるのではないか。
したがって日本人としては、トランプとハリス、どちらが次の大統領になろうともウンザリするような結果しか起きない、と考えておくべきだ。トランプになれば関税の引き上げや軍事負担の要求、何より気まぐれに見える外交に大きく振り回されることになるし、ハリスになればアメリカの新宗教をさらに日本人に押しつけてくることになる。びくびくしながらトランプの機嫌取りに走るのも、アメリカ人に「人権後進国」などと偉そうに詰られるのも腹立たしい。アメリカ人でもないのにトランプを熱烈に応援したり、アメリカの新宗教に何の疑いも持たずに帰依する「名誉アメリカ人」が日本で騒ぎ出す光景を見るのは、さらに業腹である。
日本に出来ることは、精神的な「脱米」を進めることをおいてない。アメリカへの精神的な依存心を直さなければ、日本はもう一歩も前に進めないのである。