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World Get Punished. People Get Wired.

日本の「エリートたち」がもうエリートではない訳


岸本 義之:武庫川女子大学経営学部 教授

前例のないことには対応できない人が増えているといいます(写真:Graphs/PIXTA)

グローバルな社会課題を解決してビジネスチャンスにしていく際に重要となるのが、技術革新やビジネスモデルの革新といった、イノベーションを起こしていくことだが、日本企業からは新たなイノベーションが起きていないのではないかという批判が近年では多く聞かれるようになってきた。

なぜそのようなことになったのかというと、その原因は、本来エリートだった人たちが「前例踏襲カルチャー」に陥り、企業が「ダイバーシティ」を放棄していることにあると、武庫川女子大教授で、『グローバル メガトレンド10―社会課題にビジネスチャンスを探る105の視点』著者である岸本義之氏は指摘する。

「エリート」はもはやエリートではない

日本では、18歳の時点で難関大学に合格した人のことを「エリート」と呼ぶ傾向がある。戦前や終戦直後の時代であれば、そうしたエリートが中央官庁や巨大企業の中枢部で若くして活躍をしてきたのであるが、高度成長が一段落して以降、特にバブル崩壊以降は、そうした人々が活躍してきたようには見えない。

18歳時点で暗記力の優れていた人たちが難関大学に合格し、その多くが中央官庁や巨大企業に就職した、というところまでは同じなのであるが、欧米を手本にして「追いつき、追い越せ」だった時代が終わって以降は、自社の過去の成功パターンを手本にした「前例踏襲主義」がはびこるようになった。

その背景にあるのが、日本特有の仕組みと言われる終身雇用と年功序列である。終戦直後から高度成長期には、国の経済も企業の業績も右肩上がりなので、昇進に差をつける必要もあまりなく、比較的早期に全員が昇進できていた。

しかし、低成長経済に移行して以降は、昇進のスピードは遅くなり(つまり下積みの期間が長くなり)はしたものの、それでも昇進に差はつかず、年次重視(つまり抜擢が起きないこと)が継続した。その中で、エリート(だったはずの人々)は、黙々と下積みに甘んじ、先輩や前任者の前例を忠実に踏襲し、いつか管理職になれる日を待ち続けた。

その結果、(暗記力には優れていたため)前例を徹底的に踏襲する一方、前例のない局面に対して自力で解決策を打ち立てるという創造的な能力を培う機会がまったくないままに、順送り式に幹部に昇進した。

現在の幹部の世代は、こうした人々であり、自力でイノベーションを起こす能力がないだけでなく、若い世代の提案するイノベーションを「前例がない」という理由で握りつぶすことに多大な貢献をしてきた。

「ダイバーシティ」の本質がわかっていない

終身雇用や年功序列は、戦後日本企業の大躍進を可能にした重要な要因であると考えられていた。実際、新卒で採用された社員たちが「同じ釜の飯を食う」なかで愛社精神という名の同質的なカルチャーをはぐくみ、長時間労働をいとわないという「モーレツ社員」の団結力を生み出し、このことが欧米に「追いつき、追い越せ」のスピードを速めたことに疑いはない。つまり「ダイバーシティの低さ」が日本的経営の成功の秘訣だったわけである。

今の幹部の世代は、まさにこの洗礼を長期間受け続けた世代なので、「ダイバーシティを高めよう」という風潮に対してはいまだに懐疑的である(そう発言すると叩かれるので口には出さない)。「ダイバーシティの高い環境」を体験したことが一度もないので、それがいいことをもたらすということを理解することすらできない。

日本の中高年男性は、「ダイバーシティ」とは男女問題のことだけだと考える。しかし、欧米では(男女平等はすでに空気のように当たり前なので)「ダイバーシティ」とは人種、国籍、宗教、文化などの多様性を認めることである。

逆に欧米人にはまったく想像もつかないのが「新卒中心主義」という慣例である。これは日本の大企業では空気のように当たり前のことなので、日本ではこれを問題だと思う人すらいない。「中途採用をしても結局すぐやめてしまうのだから意味がない」と考える人が多数派という大企業も多い。

そういう大企業ではイノベーションは起きよう筈もない。自分の会社以外のカルチャーを経験した人が皆無だとしたら、しかも、社員全員が忠実な前例踏襲主義者だとしたら、イノベーティブな発想をする人は出てこない。

多様性が失われていく過程

「出る杭は打たれる」という同調圧力を皆が感じているので、新しいこと(前例とは違うこと)を提案することに全員が躊躇する。若者の抜擢は起きないので、下積みをしている間に前例踏襲主義に染まっていく。長時間労働を美徳としてきたので、女性にとっては極端に働きにくい職場であり、管理職になる前に多くの女性が辞めていく。

中途採用の社員は、社内のインフォーマルな人脈に入ることができず、そのために活躍の機会も見いだせず、すぐに辞めてしまう。海外現地法人に外国人をスカウトしてきても、「責任と権限があいまいで、権限がないはずの本社がいろいろ邪魔をしてくる」ことに嫌気がさし、もっと条件の良い他社にすぐに転職していく。結果として、新卒入社の日本人高齢男性が実権を握り続け、前例踏襲カルチャーをより強固なものにしてきた。
 
日本の大企業からイノベーションが起きない理由は、相当根深いところにある。しかし、日本の将来に対して悲観することもない。若い世代はまだその悪癖に染まっていないからである。

若い起業家が興したベンチャーは、最初からダイバーシティを当たり前だと考え、前例踏襲型の大企業に対してのチャンレンジャーとしてのビジネスチャンスを虎視眈々と狙っている。自ら起業を企てる若者はまだ少数派かもしれないが、ベンチャー的な企業に魅力を感じて入社する若者は増えている。

しかも、日本では今後、若い世代の人数が減少していくことは確定している。今も新卒採用の現場で起きていることであるが、旧来型の雇用慣行の企業(どこに配属されるかもわからない)は学生に敬遠されるようになっており、内定者の目標数を下回ってしまうようになっている。

一方で、入社してすぐの若者がベンチャー的な企業に転職していくことが普通のことになってきた。特にデジタル人材やグローバル人材に関してはひっぱりだこの状態であり、高い給料で転職していってしまう。

このような人口環境の中で「中途採用者が活躍できない」旧来型の企業には、中途採用者が集まらないだけでなく、転職していく若者が後を絶たなくなっていく。

他方、「中途採用者が普通に活躍している」企業には、やる気のある若者が次々に入ってくる。そうした企業は、前例にとらわれることなく、社会課題や「困りごと」を解決しようとして、技術革新やビジネスモデルの革新を推し進めていくことであろう。

旧来型の日本企業が復活するのに必要なのは

では、旧来型の日本企業が復活することはないのだろうか。唯一残されたチャンスは、若者を抜擢することであり、中途採用者を幹部にスカウトしてくることである。しかもその大多数が女性であれば、なおのこと望ましい。外国人が多く含まれていれば、理想的である。

さまざまな技術をため込んできた大企業には、社会課題の解決に使える技術が大量に眠っているはずであり、社外からスカウトされてきた幹部が見たら、まさに宝の山に見えるであろう。

若い世代が活躍することで、そうした宝の山が日の目を見ることも出てくるに違いない。何しろ世界は大きな社会課題にあふれているのであり、ビジネスチャンスはまだまだ広がっていくのである。