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[書評]蔵から人心が生まれる


ソン・ウォンピョン 著 吉原育子 訳 『他人の家』 祥伝社/2023年2月刊

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身の安全を守るための建築を「家」と呼ぶなら、その囲いは本来、私たちを安心させてくれるべきものである。が、もし私の「家」が他人の所有物であるとしたらどうだろう。本書は、『アーモンド』『三十の反撃』で著名な韓国の作家、ソン・ウォンピョンがおくる八編の短編小説集である。

韓国語で「家」はジプと発音した。ヨンファは、ジプという発音を耳にすると、息苦しい実家暮らしを想起して生理的嫌悪感を覚えた。彼女にとって「家」は「出入りはできても逃げることはできない囲いと屋根」であり、結婚してからもその印象は変わらなかった。

──『宇』も『宙』も家という意味だから。僕らは結局、巨大な家に暮らしているってことなんですよね。と、むかし夫がしてくれた話をヨンファは覚えている。彼女は何度も「家」から逃げようとしたが、ブラックホールに吸収されるかのように、またこの「家」に戻って来てしまうのであった。やがてヨンファの娘は結婚し、孫が生まれた。ヨンファは孫娘にせがまれ、昔話を聞かせてやるとき、ふと涙がこぼれた。ヨンファが紡ぎ出す童話の中では、彼女がいつも主人公であり、幸せな暮らしをしていたのである。ふりかえれば、彼女の小宇宙はどこまでも広がっていた。陰と陽が流転する太極のように、喜びも悲しみも、この小さな宇宙の中で見つけられたかもしれなかった(「zip」)。

ヨンファのように「家」というしがらみの中で葛藤する者もいれば、はじめから葛藤すべき「家」を持たない者もいる。表題作「他人の家」の主人公は、マンションの賃上げとともに部屋を追い出され、会社をクビになり、しまいに恋人との結婚が破談になった。そうした紆余曲折の末、ついに格安の超優良物件を見つけた彼女は、藁にもすがる思いで転がり込む。そこは、マンションの一室を借りて四人で暮らすという、違法のシェアルームであった。賃貸契約は、もちろん、正式なルートを介さず進められた。かくして、ひとまず身の安全を確保することができた彼女は、三人のルームメイトたちと密かな共同生活をはじめる。

四人は、契約を交わし、家賃を支払うことで、あたかも自分がこの部屋の主人であると錯覚していた。ところがある日、オーナーの一命によってマンションが売りに出されることが決まる。はたして、彼らの存在を受け入れてくれる「家」は他にあるのだろうか。予期せぬ事態に愕然とするも、また次のオーナーが自分の命運をにぎるだろう未来を、彼女は予想した(「他人の家」)。

ともすれば、私たちが失うものは「家」だけではない。韓国では北緯三十八度線が、日本では米国との安全保障問題が示唆されるように、一国を守る最後の砦が崩壊したとき、この国の「単一性に支配されていた悠久の文化が、多様な人種と階層のるつぼ」へと変わるだろう(「アリアドネの庭園」)。そうした危惧と、この先の未来を見据えるための確かな眼差しを、本書は提供してくれる。