日本は自由貿易の優等生である。しかしどういうわけか、このことが周知されていない。平均関税率は先進国でも最低水準にあり、高いと言われる農作物の関税率も(アメリカよりは高いが)EUよりずっと低い。資本規制もほとんど撤廃されている。香港やシンガポールに比べれば英語が通じないかもしれないが、英国の植民地になった経験がないのだから当たり前だ。言語間距離の遠い英語を日本人が不得意とするからといって、日本がグローバル化していない、などということはありえない。
日本の問題は、むしろ「開かれ過ぎ」ていることである。外国人はいくらでも日本の企業や不動産を買える。長引くデフレで割安感のある東京や京都の不動産は、外国人富裕層の恰好の投資先となっている。特に中国の富裕層にとって日本の土地や不動産は格安だ。このまま規制もせずに開放政策を採り続ければ、日本各地の優良地はほとんど買い占められてしまうだろう。中国への警戒の高まりから、アメリカやカナダ、オーストラリアでは資本規制を強めつつあるが、日本の動きは鈍い。
それどころか大阪府の吉村知事は、「一億二〇〇〇万円の投資をした外国人に永住権付与」などと宣っている。貧しくなった日本人にとって一億円は大金だが、世界の富裕層から見れば破格に安い。中国で一億円以上の資産を持つ世帯は五〇〇万を超えており、さらに年率二~三%の割合で増え続けている。大阪市が富裕層優遇政策をとったら、中国のみならずアジア各地から大量の経済避難民が押し寄せることになるだろう。
大阪府知事はお気づきでないようだが、いま、アメリカや欧州では保護主義に向かって進みつつある。次の大統領選でトランプが勝利すれば、この流れは決定的なものになる。関税率は引き上げられ外国企業への規制はさらに厳しくなるだろう。欧州も脱炭素で電気自動車を中心産業に定めたはいいが、このところ安い中国製品とのコスト競争に勝てなくなっており、いずれ「中国の人権に問題がある」などの適当な理由をつけて、保護主義へと舵を切るのは目に見えている。
この先、中国のデフレが本格化すると、安い中国製品が大挙して世界中に押し寄せることになる。このことを見越したのかは分からないが、トランプは対中関税の大幅引き上げを宣言している。アメリカは戦闘準備万端といったところだが、日本はどうか。このまま開放政策を続ければ、せっかくデフレ時代が終わってインフレ経済へと転換が進んでいるのに、海外産品の大量流入で、ふたたびデフレに逆戻りしてしまうのではないか。
台湾海峡や朝鮮半島で有事の可能性が高まっている昨今では、国内の生産体制強化はできる限り急いだ方がいい。サプライチェーン(供給網)の国内回帰はもちろんだが、他にもやることが沢山ある。日本の広い領海には豊富な天然資源が眠っていると言われるが、今後を考えれば、その開発には一刻も早く取り組むべきである。もちろん、低い食料自給率の改善も急務である。
その前に、まずは現状認識を改めるべきだろう。日本は鎖国などしていない。
もう十分に開かれた国家である。むしろ「開かれ過ぎ」ていることが、これから日本経済の重石となる可能性が高い。他の点では問題だらけのトランプも、保護主義への嗅覚だけは鋭い。この先、世界はますます国際的な分断へと向かうだろう。来るべき大混乱の時代に備えて、日本も保護主義への準備を今から着実に進めておくべきである。
(『表現者クライテリオン2024年5月号)巻頭コラム「鳥兜」より)